創作:素粒子の幽霊 -前編-
前中後編に分けます。大学生の時のメモを発掘しました。山田亮一の影響受けまくってますね。
「今日の空は何色かい?」
死んだギニアピックが云う。
「青色に見えるよ」
簡素に応える。そこに青があるから。
「見えるのか。君はもう人間じゃないのに」
「まだ人間だと思ってるが」
「僕とコミュニケーションを取っている。それだけでもう君が人間じゃないとわかる。木は植物だ、と問うぐらい当たり前のことを確認するが、君は死んでいるね?」
「死んでいる」
死に馴化できない意識、それに折り合いをつけられない掠れた声は、内角の和の如く平坦さ。
「君がまだ慣れていないようだから、僕が教えてあげよう。この世界を」
頭のいいギニアピックが云う。
「やっぱり死後の世界なのか」
「そうだ」
「死後の世界なんて信じていなかった」
「正確には死後の世界はないさ。僕は実験動物として殺されてしばらく経つが、今いるのは死ぬ前の世界だとわかった」
確かに空がある。雲がある。建物がある。人々がある。それらは全てある。しかし何かおかしい。そこに<在る>のに見えない。先程青に見えると咄嗟に応えたが、見えるというより知っているに近い。感覚がおかしい。普通の感覚ではない。何よりも何と誰と話しているのかわからないのにわかるのが問題だ。
「聞いていいか?」
「何を」
「お前は誰なんだ」
確認する。
「ただの実験動物だった<何か>さ」
慣れた口調には哀しさも憂いも感じられない。しかしうつ病の感覚とも違う。ただ応えるだけの存在だと吹聴している。
「ではこの世界について教えてあげよう。時空が消滅した僕達の居場所を」
「時空が消滅した?」
「僕達死んだものは光速を超えることができる。正確に言えば速度から解放される。僕と君がお互い誰かも知らずにこうしてコミュニケーションを取れるのはそのおかげだ。速度がない、空間がない、だからいつでもどこでも対面できる」
「テレパシーみたいだな」
「テレパシーだよ、まさに。君もその事実を知っているはずだ。意識できていないだけで。意識してごらんよ、君の存在について」
瞬時に理解した。刹那に知った。知っていたんだ。死んだことによって身体は世界に四散し、魂は蔓延し、意識はこの青い空のような広がりをみせていた。
身体はどこにいったのかと問われれば、ここにあるとも、ここにないとも、どこにでもあるともいえる。身体を構成していた素粒子が世界に四散したんだ。それが空間のようなものを創り出している。死骸を燃料に使う火力発電が生活を支えているように、この世界は死骸の素粒子が安定させている。亡骸の粒子の海に生きていたんだ。そしてその一部となってそのことを理解したんだ。
粒子の集まりとして人間があり、脳があり、意識があり、心がある。だとすれば身体などなくとも、今こうしているように意識し考えることができる。固有の人間から世界の一部へとなった自分を自分で意識することができるし、亡骸の粒子が馴染んだこの死後の状態に空間や時間などない。
「わかった」
一言放つ。
「じゃあそれだけだ」
死んだギニアピックは去った。
ーーー続く